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青森の偉い人

GREAT MAN

青森の偉い人

自分たちで病院をつくろう!/岡本 正志(おかもと ただし)

1925年のお話です。その頃の青森は、天気が悪い日が何年も続き、お米や野菜などの食べ物が不足し、多くの人が病気になったり死んだりしました。

その頃は病院やお医者さんの数も少なく、病院に支払うお金も高かったのです。食べ物のない貧しい農家は、病気になっても医者に診てもらえずに死んでいきました。

そんな時、「病気で倒れ、苦しんでいる人を助けたい」と一人の男が立ち上がりました。

その人は、青森県の西側、稲垣村(現在のつがる市)の産業組合(現在のJA)の組合長をした岡本正志です。

岡本は「みんなで自分たち農家の病院をつくろう」と、農家一軒一軒をまわりました。しかし、「農家が病院なんかつくれるか」と馬鹿にされたり、「あの人は変だ」と言われたりしました。

それでも、雨の日も風の日も一日も休まず、夜になっても何日間も歩き続けました。一年間歩いて仲間が705人にもなりました。そして、病院をつくったのです。

はじめての農協病院は、青森市の下宿を借りて開きました。しかし、お金がなかったのでお金を借りましたが、返すお金がなかったので、貸した人が来れば押入れに隠れることもありました。

農協病院は医師2人、薬剤師1人、看護師3人、事務員など、計17人でした。でも、お金がないので給料を払うことができません。岡本は自分の貯金から払ったりしました。

岡本は社会のためになるのならと、自分の家と土地を出してお金を借りました。そのうちに、病院に来る人も多くなって、少しずつ農協病院は大きくなっていきました。

今では、この農協病院が青森市民病院として大きくなっています。岡本が、困った人たちを助けるために働いたことは偉いことですね。